雨の流れがはっきりと見える。
暗い森の中をざあざあと、雨は銀色の針が刺さっていくみたいに落ちていく。
「こりゃ本当に今夜はメシ抜きかな……二人ともごめん」
森の中でも大きく枝を伸ばしたひときわ立派な樹の下、一向に弱まる気配のない雨を眺めながらバッツはため息をついた。
「でもまあ、これがスコールじゃなくてよかった」
冷たい雨は腕の傷にも障る。それに比べて自分は一晩二晩の雨宿りくらい慣れているし、どこも怪我はないから。
不意に、今朝の事を思い出す。
ざっくりと切りつけられた腕から血を流し、持っていた剣を取り落としたスコール。
彼の腕を傷付けたのは、バッツのイミテーションだった。
苦痛に歪めた顔で自分のイミテーションを睨み上げたスコールを目にしたバッツは、思わず彼の前に跳び込んでいた。
自分のイミテーションなど、もう数え切れない程倒してきたのに。
斬り払う瞬間に見えた虚ろな目。
それが、青白く光る自分の体に付いたスコールの返り血を見て、満足げに笑ったような気がした。
あの笑顔が頭にこびりついて離れない。
(あのイミテーションは特別だった…?ちがう、別に時々見る変に強い奴でもなかった……いつもの紛い物だったんだ)
かぶりを振っていつの間にか握り締めていた手を開き、じっと見つめる。
あのイミテーションを斬り払った手。
―――スコールを傷付けた紛い物の自分を斬った手。
「紛い物でも、おれはおれってことなのかな……」
それは誰も聞いた事の無い声音で投げ出された呟きだった。
もしもバッツを少しでも見知った人間が聞いたなら思わず自分の耳を疑うような、そんな自嘲的な言い方。
抱えていた膝の上に顔を伏せて、両手でぐしゃりと髪をかきまぜて。
「……ごめん、スコール…………ごめん…」
雨音にかき消されそうな程の小さな声でしかなかった。それでも口をついて出た事自体にバッツはびくりと肩を震わせて、頭を抱える。
「それでも、……スコールが元気なら、」
自嘲の混じった声音も、こんな弱々しく震えた呟きも、誰にも聞かせたことは無かった。
前向きであること。
明るくあること。
楽しむこと。
やさしくあること。
悲しませないこと。
それが自分にとっての強さだったから。
「幸せなら、それだけで良いんだ」
こんな姿は誰にも見せられない。見せないと決めて生きている。
だけど一度こぼれた言葉は、次々に奥から心を引きずり出してくるから。
抱えた頭を膝にぴたりと付けて、小さく小さく蹲る。
「本当に、それだけで良いんだ……」
女神に助けを請われている自分は、神が無力な事くらい知っている。
それでも、
どうかかみさま。
この声が誰にも聞こえませんように。
冷たい銀の針が落ちてくる空を眺めて、バッツはゆっくり立ち上がった。
(だめだなあ、おれ)
木陰から足を踏み出すと、ざあざあと針の落ちる音が一段大きく響く。
「ちょうどいいや。しばらく頭冷やそ…」
すぐに体中がずぶ濡れになった。
乾きかけていた筈のマントはあっという間に水が滴り始める程になって、じっとりと重い。
重さに引きずられて足取りも重くなった。
立ち往生する程重くなった心を誤魔化すように、重さを増してゆく体を雨に預けて。
それでも、
バッツは笑った。
「やせ我慢でもいいんだ」
だってスコールは、笑ってくれた。
落ち込みバッツ。薄暗くてすみません。
バッツはどんなときでも誰にでも(自分にも他人にも)笑いかける事ができる強さを持ってると思います。
だからいつもは本当に笑えるから笑ってる。
でも時には、本当は笑えないのに笑ってしまえるって事があるかもしれない。
多分バッツ自身、自分のそういう笑顔は嫌っているだろうけれど。
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